2017年7月28日金曜日

Tony Malabyのレッスン

昨日Tony Malabyのレッスンに行ってきた。
寝ても醒めてもいまだ冷めやらぬ何かが残っている。というより一生忘れないやつである。

ニューヨークから電車で近いニュージャージーの家にて。待ち合わせの時間に家につくやいなや、ちょうどぴったりTonyが妻と息子を連れて車で帰ってくるところに鉢合わせた。車から最初に出てきたのは小学生低学年くらいの息子だった。出てくるや否や「パパの生徒さんなの?」と笑顔で声をかけてきてなんだか嬉しくなった。こちらの名前を言うと「カッズゥキ?発音は合ってる?なんてかっこいい名前なんだ」みたいなことを言われた。なんて無邪気な少年だろうと思っていると、今度は奥さんがやってきて挨拶を交わすと、ハグをして、僕の経験ではおそらく初めてであろう、頬と頬をすりよせる挨拶をしてくれた。ラテン系の風貌をしていたから納得だけど、アメリカではこういう経験はなかったからますます嬉しくなった。笑顔がとてもあたたかい人だった。

そしてTony。すでに何度かライブを観に行った時に話していたからすでに仲間感があった。車庫のすぐ奥にあるガレージが練習場所のようで、レッスンもここでやった。あらゆるものが散在した物置部屋で、そこにドラムとローズが置かれている。ここで日々Tonyのあの音が形成されているかと思うとそれだけで少し興奮した。

Tonyと会話を始めるや否や、突然彼が「歳はいくつだ?」と聞いてきた。珍しいなと思いつつ答えると、「じゃあビールとウィスキーどっちがいい?」って笑。えっ、レッスンしながら飲むの?最高じゃんと思いながらビールをリクエスト。彼は自分の分のウイスキーも持ってきた。これまで数多のレッスンを受けてきたが、アルコールつきは初めての経験だ。もうこの時点で楽しいのは想像に難くないだろう。



しかし、ここまでの話はあくまで序章である。
すべてはここから始まる素晴らしいレッスンの序章に過ぎなかった。

インプロビーゼーション(即興演奏)についてここまで明解かつ説得力のある語り口で語られることにひたすら感動し、レッスン中に2人でどんどん深いところまで行くという時間。ガレージの扉が開けっぱなしで外の情景が丸見えのなか、あたかも夕暮れのまだ明るい時間から始まったレッスンが、時間が経つにつれて日が暮れ、暗闇の中へと沈んでいくのと一致するかのように。

当然ながら、Tonyはインプロについて言葉では語れない部分があるのを認めながら、その感覚的領域に少しでも近づくために、ほぐされた言葉で言い表わしていくのである。終始知的に興奮、目から鱗なのである。こういう感覚を共有したかった、まさにそれなのである。そして感覚的な話だけにはとどまらない。様々な具体的な練習法がこれまたとても興味深く、そして僕自身が最近取り組んできたことと偶然にも似たところがあって、しかし僕がやってることがいかにまだまだ漠然とした稚拙なものであったかもわかったし、彼ははるかに深く難度の高い、すなわち音楽的にクオリティーの高いことを日々訓練し実践しているかということも十二分に理解できた。

僕自身、最近こちらでやっているギグで毎回必ずインプロを演奏していた。それを通じて培ってきた感覚や方向性が間違ってないのだなと確信できたことは嬉しかった。そしてこの先どんなことが待ち受けているのか、どんな風に進んでいけばいいのか、そのヒントがあまりにもたくさんあって、刺激的だったのが嬉しかった。彼もちょうど僕と同じ歳くらいの頃、真のインプロヴァイザーとしての道を歩み始めたとのことだった。本当に真摯に音楽に向き合ってきたのだろうなというのが、彼の醸し出すすべてのものから感じ取れた。

レッスンが終わり、帰路、駅までの道のり、ひとりでWowとか言いながらにやけていた。電車に乗ってからですら、にやけがとまらない。ちょうどLee Konitzのレッスンを受けたのが半年前。半年にいっぺんくらいはこういうかけがえのない脳天直撃のインパクトを他者から授かることが大事なのかもしれないと思った。